たまには嫌な人も
ものごとには2面性があるものです。
タクシー運転手には接客がつきものです。中には、いささか面倒なお客様もいます。事実です。グレープフルーツを顔に押し付けられることはありませんが、見下されたり、からまれたりすることは珍しくはないです。正直、嫌な気持ちがします。
もし「俺はタクシー運転手を見下していたなぁ」なんて思い当たる人がいたら、「バカと言うヤツがバカ」という言葉とともに、他人を見下すことこそ人として見下される行為だと自覚してください。
それはともかく、そういう厄介なお客様は一部の人です。タクシー運転手という仕事は実は、多くの素敵な出会いがあるものなのです。
老婦人と喫茶店
あるとき乗せたお客様は、80歳くらいとおぼしきご婦人でした。そのお客様は半日かけて、市内のいろいろなスポットを回られました。
そのスポットは、観光名所などではありませんでした。ほとんどが古い喫茶店でした。お客様はタクシーの車窓から店のたたずまいを眺めたり、少しタクシーを降りて街の雰囲気を味わったりしていました。
夕方、最後にたどり着いた喫茶店では、店内でコーヒーを飲みたいが、それで運転手の私も一緒にと誘われました。最初は遠慮してていねいにお断りしましたが、それでもとおっしゃるので、ご一緒しました。特に何を話すでもなく、ゆったりしたひとときを過ごし、その後、駅までお送りしました。
男の子のまなざし
お客様にはいろいろな人がいます。
50歳くらいの経営者で、とても話好きなお客様もいました。私も同年代なので、80年代、つまりお互いの青春時代の流行について盛り上がったのは楽しい思い出です。
6歳くらいの男の子を連れて繁華街に来ていた母親が、ちょっと具合が悪くなってタクシーに乗ってきたこともありました。少し貧血気味なので電車ではなく、タクシーで自宅に帰ることにしたようだったのですが、その母親を思いやって心配そうに母親の顔を見つめる男の子が印象的でした。
母親が危篤との知らせを受けて病院に向かう40歳くらいの男性を乗せたこともあります。肝臓がんで入院した母が脳梗塞を発症し、もう長くないのは覚悟していたそうです。ただ、その日は出張で街を離れる予定だったところが、事故で列車に遅れが出て、待っている間に病院から知らせが来たとか。病院に着くまで、そんなことをしみじみと話してくれました。