不気味なトンネル
俺はトラック運転手をしているが、俺の親父もトラック運転手だった。
俺がトラック運転手になったのは、親父に憧れたからというわけでもないが、全く無関係でもないだろう。親父はトラック運転手仲間も多く、俺はトラック業界を当たり前の日常として育った。
親父は自慢話をするような男じゃなかった。だから、あまり俺に仕事での体験談は話さなかった。そんな親父が話してくれたトラック運転手としての数少ない体験談で、忘れられない話がある。
親父が若いころ、だから昭和50年あたりだと思うが、当時は今と違ってトラック運転手もイケイケだった。バリバリガンガンだった。クレクレタコラだった。
その代わり、勤務もきつく、父親はその日も深夜遅く、G県の山中でトラックを走らせていた。その道は、親父が初めて通った道だったが、周囲をうっそうとした山林に囲まれ、不気味なことこのうえなかった。季節は冬で、雪こそ降っていなかったが、凍りつくような空気がいかにも寒々とした風景を創り上げていた。
やがてトンネルが近づいてきた。いや、正確に言うとトンネルに近づいたのか。トンネルが動くわけじゃないや。
深夜のトンネルほど怖いものもない。で、トンネルに入る瞬間、そのトンネルの入り口のわきに、女の子が立っているのが見えた、ような気がした。
九死に一生
こんな夜中に、あんな場所に女の子がいるわけがない。親父は目の錯覚だと思ったという。しかし、心臓がドキドキしてハンドルを握る手にも力が入った。おかげで、深夜の運転で襲ってきていた眠気も吹き飛んだそうだ。
そしてトンネルを抜けると、すぐに急カーブが迫っていた。しかもこちら側は雪道。道の左側は崖になっていて、おまけにガードレールもない。
トンネルに入る前は結構うつらうつらとしていたので、あのままトンネルを抜けていたら確実に崖に転落していたはずと、親父は述懐する。
しばらく行くと古びたドライブインがあり、親父はとりあえずそこにトラックを停めた。気が付くと、太陽が昇り始めていたという。少し休憩してからさらに山を下り、市街に入ると喫茶店を見つけてそこで朝食をとることにした。
店の人に、山道のトンネルで見た女の子のことを話すと「また出ましたか」と、この手の話のお決まりのリアクション。
何でも10数年前にそこでトラックが女の子の乗った自転車をはね、死なせてしまい、以来、たまに女の子の目撃談が聞かれるという。ただ、女の子を目撃したのがトラック運転手の場合は、決まってその後、トラックは事故に遭うらしい。親父のように、逆に事故を回避できたのは初めてのことだったとか。
その後、その道にはガードレールも整備され、トンネルを出たところに灯りや注意を促す看板も設置されたそうだ。
今は昔の昭和の話だ。