俺のおにぎり
俺の仕事はトラック運転手。多くの製品を多くの場所からピックアップして、まとめて問屋に運ぶのが仕事だ。
1日に20軒から30軒ほど回る。運ぶものの数も毎日違うので、時間がなくておちおち食事もしていられない日もある。ちなみに、食事は弁当が多い。前日の自分の疲れ加減によって、翌朝、弁当を用意できるようなら自分で作るし、弁当を作れなかったら、仕事の合間にコンビニ弁当を買ったりする。よほど余裕があれば、飲食店で食事する。
忙しいと落ち着いて食べていられないときもあるので、そんなときは弁当を膝の上、もしくは助手席に置き、赤信号で停まるたびにひと口ずつ食べるという裏技を駆使する。
そういう事態になっても便利なように、弁当はおにぎりを選択することが多い。梅干し入りなら、衛生的にも安心できる気がするし。
さて、その日も俺は、忙しくてなかなか落ち着いて食事することができず、仕方なく助手席におにぎりの並んだ弁当箱を置き、信号ごとに食べる作戦に出た。
あの人のおにぎり
実は、今日の弁当はいつもの自作おにぎりとは違っていた。会社近くの「手作りおにぎり」の店で買ったおにぎりだ。
その店は「手作り」風のおにぎりではなく、従業員の主におばさまたちが本当に手作りしているおにぎりだ。「おばさま」と言っても、俺も30代なので決して若くはないんだが。
従業員はパートらしく、シフトによって毎日のようにおにぎりを握る人が変わる。と言っても、小さい町なので、7~8人でシフトを回している感じだ。そして店には大体、いつも2人くらいが働いている。
その店にある日、新人の従業員が入った。歳は40代の後半だろうか、50代の前半だろうか。とにかく、理由は分からないが俺はそのおばさまにすっかり魅せられてしまった。それで、その人が店にいる日は、必ずそこでおにぎりを買うようになった。あるときは、家から弁当を持って行ったのに、店の前でその人を見掛けてついおにぎりを買っちまったこともあるくらいだ。
ちなみに、決して俺は熟女好きではない。
あの人の握ったおにぎりを食べてみると、それまでその店で買って食べていたおにぎりとは、微妙に違う。俺好みのおいしさがアップしているのだ。
消えたあの人
さてさて、とにかく「その日」に助手席に置いたのは、まさしく「あの人」のおにぎりだった。俺は、そんな風に慌ただしく食べなきゃならないことを申し訳なく思いつつ、赤信号でトラックを停めるごとにおにぎりを食べた。
右手はハンドルを握っているので、もちろん視線も前方だ。おにぎりはノールックでつかみ、口に運ぶ。それくらいは朝飯前の昼飯だ(親父ギャグレベルのボケ)。
ひと口食べると、おにぎりをまた箱に戻し、停まったらまた食べるを繰り返し、さあ、赤信号だからと、俺はまたノールックでおにぎりをつかもうと手を伸ばした。しかし、伸ばした俺の手は虚空をかすり、その行為はムダとなった。
驚いた俺は視線を左下の助手席に向ける。すると、弁当箱の中のおにぎりは姿を消していたのだ。
そんなバカな! 俺は確かに前の交差点で、まだ手に残っていたおにぎりを箱に戻したはずだ。第一、箱の中にはまだひと口も食べていないおにぎりがあったはず‥。
食い意地の張った俺の勘違いだったのか、それとも超常現象だったのか。仮に超常現象だった場合、何日か、または何年かすると、突然目の前にそのときに消えたものが現れるらしいけど‥。
気長に待つかな。
ちなみに、おにぎり店の「あの人」も、それ以来見ていない。