夜の田舎道
ニューヨークを舞台にしたアメリカ映画を見ていると、舗装された道路にあるマンホールのふたから白い湯気が湧きたっていることがある。いつの間にかあの風景を「いかにもニューヨークっぽい」と思うようになった。
その湯気の向こうから、黄色いタクシーが現れたりする。
そんなシーンを見ると「ニューヨークの冬ってすごく寒いんだろうな」と思う。
僕が住んでいるのも、日本じゃそこそこ寒い地域。ただ、だからって道路から湯気が湧きたつことはない。日本でも温泉地ならあるかもしれないけど。
とにかく、あの白い湯気の中から黄色いタクシーが現れる場面を想像してほしい。
これは20年前、僕の友人の父が体験した話だ。
友人の父の仕事はトラックドライバーだ。当時は、物流倉庫から問屋や店舗にいろいろな商品を届ける仕事をしていたらしい。いわゆる地方都市なので、山の中を通ることも珍しくはなかった。
皆はトラックドライバーと呼ぶ
その日も、友人の父は4トントラックで通い慣れた、街外れの道を走っていた。季節は冬だったそうだ。
その冬一番の寒波が押し寄せ、雪こそ降ってはいなかったものの、すっかり葉が落ちた樹木が連なる景色はとても寒々としていた。時刻は夜の7時ごろだった。
差しさわりもあるので、具体的な場所は書かないが、ある場所に差し掛かったとき、ライトに照らされた道路から白い湯気が立ち上ってくるのを見たという。
やがて、その白い湯気の向こうから、それまで見たこともないような自動車が現れた。それは丸いボディラインのミニバンで、オレンジ色だったそうだ。
チラッと運転席を見ると、どこか自分に似た、しかし明らかに自分より年上の男がハンドルを握っていた。そして通り過ぎた後、何となくバックミラーで後方を確認したが、影も形もなく、オレンジ色のミニバンは姿を消していた。
霧のストレンジャー
あの白い湯気が何だったのか、その後も全く分からなかった。また、それ以降、その白い湯気を見ることもなかった。
さて、それから年月は流れ、最初に白い湯気を見てから10数年後のことだ。友人の父は、白い湯気のことなどすっかり忘れていた。
それで、ちょうど自家用車を買い替えることになったのだが、もしかしたらそのときの体験が心の片隅にあったのかもしれず、無意識のうちにオレンジ色のミニバンを購入した。
そしてある冬の朝、会社に出勤するためにミニバンを走らせていた。霧が出る、寒い日だった。
そこでふと気がついた。今自分が乗っているオレンジ色のミニバンは、あの日若き自分が仕事中、目撃した、白い湯気から現れて消えた車にそっくりだったと。
「見たこともない」のは当たり前で、それは目撃してから3年後に発売された新モデルだった。