1人だけ
トラック運転手として働いている僕は、忙しく毎日を過ごしていて、それだけに充実している。長距離の仕事ではないので、数日家を空けるということはないが、朝早くて夜は遅いことも多いので、いつの間にか家では居場所がないように感じることもある。
僕は妻と10歳になる娘と、それからペットの雑種犬と一緒に一戸建て住宅に住んでいる。犬も雌なので、男は僕1人だからなのか、本当に孤立しがち。
特に娘が小学3年生くらいになったころから、つまり、女の子から徐々に女性になっていくころから、妻と「2人だけの会話」を楽しむようになってきた。
実際、僕よりパート勤めの妻のほうが家にいる時間は多いわけだし、世の中には同性同士だからってことで母と娘の中がこじれるなんて話も聞いたりするので、家にいる時間が長くない僕としては、長くいる妻と娘が仲良くしてくれるに越したことはないと思っている。
無理にキス
ただ、そんなわけで、妻も娘も僕が家にいてもあまり構ってくれないので、自然と僕は犬と遊ぼうとする。ところが、やはり「いつも家にいない存在」と見られているからか、なかなか僕になついてくれない。いつかの晩、酔った勢いで犬に無理矢理キスしようとしたのがいけなかったのかも。
そんなある日、仕事を終えて家に帰ると、妻と娘がやけに暗い。話を聞くと、我が家の犬が死んでしまったらしい。それも家の前の道でトラックにはねられたのだとか。目を離したスキに道へ飛び出してしまったようだ。
翌日は休日だったので、3人でペットの霊園に行って埋葬してもらった。
さて、それから1年経った。
僕はその日も仕事でトラックを走らせていた。珍しく、少し遠方に荷を届ける仕事だったので、夜も遅い時間、不慣れな山道でハンドルを握っていた。雨が降って視界も悪かった。
ときには起きたほうがいい
普通、不慣れな状況でハンドルを握っていると、動物的な本能なのか、危険を回避しようとして妙に運転に集中するんだけど、その夜はなぜかしつこいほどの睡魔に襲われた。
まずい、このままだと絶対に事故る。今のうちにどこかでトラックを停め、少し休憩したほうが良さそうだ。
そう思ったまさにそのとき、降り注ぐ雨粒を照らすヘッドライトの中、黒い影が浮かび上がった。僕は慌ててブレーキを踏んだ。幸いにも荷を下ろして荷台は空だったが、僕は一瞬のうちに汗をびっしょりとかいていた。
しかし、本当に恐怖を感じたのは、周囲を確認しようとして運転席から降りたときだった。いつの間にかうつらうつらとしていたのか、トラックはあとちょっとで道を外れて断崖から落ちるところだったのだ。そして黒い影の主はどこにも見当たらなかった。
すっかり眠気も吹き飛んだ僕は、気を落ち着けてトラックを発進させた。
トラックの前に飛び出した黒い影に助けられたと気づいた僕が思い返してみると、あの黒い影は犬だったかもしれない。それにあのとき、僕のほっぺをなめる犬の舌や息遣いを感じた気がした。
翌日、その山道はペットの犬を埋葬した霊園に行く道だったことを思い出した。