前置き
映画やドラマには夢オチというものがある。
主人公がものすごい冒険をやり遂げ、恋人や名声、富を手に入れてラストを迎えたと思ったら、そこで目を覚まし、今までの冒険は夢でしたというオチにたどり着くものだ。
それまでの冒険をハラハラドキドキして見守ってきた身としては「夢でした」と言われると、何だかガッカリする。ハラハラドキドキは、助かるか助からないかという気持ちの揺れから起こるもので、夢であれば、夢の中で心臓を撃たれてても主人公は死ぬことがないので、ハラハラドキドキもしない。だから「夢の中の話だったら、最初からハラハラドキドキしなくて良かったんじゃね」という気持ちになって、心地よくないのだ。
だから、前もってハッキリ言っておく。これは夢オチの話だ。
俺は長距離のトラックドライバーの仕事をしている。
長距離のドラックドライバーは、日帰りが無理な遠方へ荷を運ぶのが仕事だ。だから、2~3日、長いときは1週間くらいは家に帰れない。
その日は、片道4日の仕事のちょうど2日目が終わったところだった。
迷子
そこまで順調にルートを進んできたので、その夜はどこか地元のおいしい店で夕食にしようと考えた。それで、かなり前に先輩に聞いていた、その地方で有名なご当地ラーメン店を探すことにした。
ただ、その店のことを聞いたのもずいぶん前のことだし、店の場所もうろ覚えで、そのうちしっかり道に迷ってしまった。ちなみにこれは、まだスマホもカーナビも普及していなかった、ひと昔前の話だ。
仕事のスケジュールでは時間の余裕もあったし、焦らずに知っている道に戻ろうと試みた。しかし、周囲には人家などの建物はなく、そのうち霧まで出てきてしまった。これで事故でも起こしたら最悪なので、俺はトラックの速度を落とし、霧の中を探り探り進むことにした。
ここまでくると、無性にお腹が空いてくる。もうラーメンじゃなくてもいい、何でもいいから食べたかった。
すると、前方の霧の中に、ぼんやり光が見えてきた。
やがて、ノロノロ運転を続ける俺の前に、屋台の灯りが見えてきた。何と、ラーメンの屋台だった。
絶品の味
屋台の前にはトラック1台分を停められるスペースもあったので、俺はそこにトラックを停め、屋台に置かれた椅子に腰かけた。店主はやせこけた爺さんで、話しかけづらい、陰気な表情をしていた。
メニューも何もなかったが、とりあえずラーメンを注文し「こんな場所に屋台があるとは思わなかった」「いつもここに屋台を出してるの?」「お客さんもあまりいないでしょ」といろいろ話しかけた。だが、店主は「へえ」と返事をするくらいで、黙々とラーメンを作っていただけだ。
出てきたラーメンを食べると、これがとてもうまかった。それに、目指していた有名店ではないもののご当地ラーメンには違いなかった。
お腹がうまい具合に満足した俺は、代金を払おうとしたのだが、財布がない。多分、トラックに置き忘れたのだと思い、店主に「ちょっと財布を取ってくる」と言って、椅子から立ち上がった。と思ったら、そこで俺は突然、トラックの運転席で目を覚ました。
そうか、霧が出てきたので俺は安全のためにトラックを停め、休憩したんだが、そのうち寝てしまったのだと思い出した。
しかし、お腹は確かにふくれていたし、口の中にもラーメンの味が残っていた。
ちなみに、その後、地元の人に聞きまくったが、その日通った道で商売しているラーメンの屋台なんてなかったそうだ。