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トラックドライバー 体験談

星を持つ人

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思い出の人々

今日も運送会社から、多くのトラックが荷を運ぶために出発していく。私が子どものころから、こうしてトラック運転手が物流を支えてきた。
トラックのエンジン音を聞いていると、私が子どもころに出会った多くのトラック運転手の姿がまざまざと脳裏に浮かんでくる。
3日3晩、トラックを飛ばして勤務したことが自慢だと言っていた安さん。稼ぎは良かったが、子ども6人の大所帯でいつも奥さんに怒鳴られていた。
50代でベテランだった源さんは温厚な人柄で、他の運転手からも慕われていた。私もよく遊んでもらい、そのたびにせんべいやチョコレートを分けてくれた。本人もお酒よりお菓子が好きというタイプだった。
私が子どもながらその運送会社にしょっちゅう行っていたのは、私を育ててくれたグレさんがその会社で配車担当の仕事をしていたからだ。私は学校が終わると、大きなトラックを見たくてグレさんの職場に入り浸っていた。

アットホームな会社

私の実の両親は私が幼いころに亡くなっていて、事情があって私はグレさんとその奥さんに育てられた。
当時のトラック運転手には荒っぽい人間も多く、運転手同士のケンカも珍しくはなかった。そんなときに必ず割って入って仲裁役を買って出たのはグレさんだった。そうしないと仕事に支障が出るからでもあったのだろう。
かといって、決して経営者の味方をするのではなく、経営側に間違いがあれば、その改善をきちんと訴えた。だからグレさんは、経営者、つまり社長にも運転手にも信頼されていた。
そもそもそこは、10人ほどの運転手を抱えた小さな会社だった。社員同士も家族のような感じだった。
一度、社長がかなり条件の悪い仕事を受けてしまったことがある。下請け会社として、得意先からの無理強いを断ることができなかったようだ。
同じ時期に、ちょうど社内でインフルエンザが流行り、会社はまさに窮地に立たされた。
この窮地を救ったのは源さんだった。いつもは体力的にキツイ仕事は引き受けなかった源さんが、不眠不休の仕事を引き受けてくれたのだ。ただ、根回しして源さんが仕事を快諾するようにしたのは、グレさんだったという。
今日も運送会社から、多くのトラックが荷を運ぶために出発していく。いつの時代も、こうしてトラック運転手が物流を支えているのだ。

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