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タクシー運転手 体験談

タクシー運転手の遅めのランチ

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最後に乗せた客

その日は朝から乗客が続き、いつもの平日に比べてかなりの売り上げになった。
昼を過ぎて、このお客を降ろしたら昼食を、次のお客を降ろしたら昼食を、と思うのだが、この日に限って1人乗客を降ろすと、すぐに他の客に停められてしまう。もちろん乗車拒否をするわけにもいかず、そのままタクシーの運転を続けていたら午後も3時を過ぎてしまった。
そのとき、最後に乗せたお客がまたタイミングの良いことに、今しがた食べてきた、その人にとっての“遅めの昼食”について延々と語ってくれたからたまらない。
そのお客は60歳くらいの上品なご婦人で、隣のT市に住んでいるのだとか。この日は用事もあってN市に来ていて、知人を訪ねてO町に来た。若いころはその町で働いていたこともあって、その時分、よく通ったトンカツ屋があったという。
O町には、東京にも進出した有名なトンカツ屋があるのだが、その店ではないという。知る人ぞ知る老舗のトンカツ屋があって、そこのトンカツのほうが好きだったので、久しぶりに行ってみたが、相変わらずおいしかったと、うれしそうに話してくれた。

トンカツの口

そのお客を駅で降ろすと、幸いにも俺のタクシーを見つける別のお客はいなかった。
幸い? タクシー運転手としてはお客を拾えないのは不運だが、俺の胃袋にとっては“幸い”だ。
さあ、どうしよう。駅前だから選択肢は幅広い。とにかく空腹だ。手っ取り早くこの胃袋を満たしたい。だが同時に、さっきのお客の話で口はトンカツの口になっている。
O町は近い。俺はお客に見つからないように、というタクシー運転手としては不埒な思いでタクシーを走らせた。
これまた幸いなことにお客に停められることなく、無事にO町に着いた。
幸い? どうやらこの日はO町のあのトンカツ屋に、“トンカツの神”によって導かれているようだった。
店の駐車場にタクシーを停めて、そそくさと店に入った。庶民的な安い和食屋さんという感じではなかったが、かといって高級で敷居が高いという感じの店でもなかった。何よりもこんな中途半端な時間に空いているのがうれしかった。

待ちかねた味

メニューを開くと、ロースカツ、ヒレカツ、カツ丼と、オーソドックスなメニューが並ぶ。土地柄だろう、味噌カツも選べるし、エビフライもあった。俺はロースカツ定食をソースでいただくことにした。
とにかく腹が減っていた。猛烈に腹が減っていた。しかし、この空腹は最上の調味料になるはずだ。
やがて目の前に、待ちに待ったトンカツが運ばれてきた。薄すぎず、大きすぎず、ちょうどいいトンカツだ。
歯応えも、ちょうどいい。もちろん硬くて筋っぽいなんてことはないが、トンカツが柔らかすぎるのも頼りなくていけない。これは素直に噛み切れて、素直にのどに入ってくる、その感覚が実にちょうどいい。ロースらしい脂の加減も絶妙で、実にトンカツらしいジューシーな味わい。
口に入れる前にご飯の上でチョンチョンとやる。トンカツを口に入れた後、トンカツの衣とソースが付いたご飯をほおばる。ううん、これなんだよ、これ。ご飯の炊き具合も抜群で、芳醇なトンカツと風味豊かなご飯の波状攻撃には降参するしかない。
タクシー運転手は乗客に「どっかおいしい店はない?」と聞かれることも多いが、乗客からおいしい店を教えてもらうこともあるのだ。

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