他人の視線
僕は数か月前に入社したばかりの、会社ではまだ新人のトラック運転手です。
それまでそこそこ大きな会社で働き、異動や人間関係のわずらわしさに嫌気がさしていたので、勤務時間の大半を1人で過ごせるトラック運転手になりました。トラック運転手としてはまだまだ未熟かもしれませんが、毎日いろいろ学ぶことができるのは正直言って楽しいです。
仕事の進め方は上司や先輩に相談することもできますが、まずは自分なりに工夫し、試してみてうまくいったり、失敗したりしてさらに工夫を重ねていきます。トラックの運転そのものも運転以外の作業も含め、トラック運転手の仕事は奥深いのでやりがいがあります。
もともと人付き合いが苦手でトラック運転手になった僕ですが、トラックは普通自動車より座席も高い位置にあり、運転中は他人の視線をあまり気にしなくて済みます。
ただ、他のトラックとは同じ高さなので、他のトラック運転手の視線はたまに気になったりします。
淡い期待
そんなある日、赤信号で停まると、横に他の会社のトラックが並んで停まりました。信号が長かったので「どんな人が運転しているのだろう」と思ってよく見ると、運転手は女性でした。僕の会社に女性トラック運転手はいないので、何だか珍しく思い、ついついしげしげとぶしつけな視線を送ってしまいました。
すると、それに気づいたその女性トラック運転手は微笑みながら僕に中指を立てて見せたのです。僕があっけに取られた瞬間、信号が青に変わり、そのトラックは颯爽と走り出しました。
僕も慌てて自分のトラックを発進させたのですが、彼女のトラックはいつの間にか視界から消えていました。
たった一瞬、視線が合っただけですが、その女性トラック運転手のことが忘れられません。分からないかもしれませんが、そんなこともあるんです。
いつかまたどこかで彼女と会えるのではないかと、淡い期待を胸に抱き、僕は今日もハンドルを握っています。