記憶の穴
俺はトラック運転手として働いている。
トラック運転手は子どものころから憧れていた職業だ。ただ、そのきっかけは忘れてしまっていた。父親がトラック運転手だったとか、親戚や近所にトラック運転手をやってたカッコいい人がいたって記憶もない。
その父が他界し、翌年には母もこの世を去った。遺品整理のために実家を訪れた俺は、母のタンスから俺が子どものころに使っていたノートや成績表、運動会なんかでもらった表彰状が出てきた。
その中に、俺が小学3年生のときに書いた作文があった。タイトルは「将来の夢」だ。
読んでみると、今もあまり変わらない、下手くそな字で、大人になったらトラック運転手になりたいと書いてあった。なるほど、このころにはそう決めていたらしい。
そもそも、なぜトラック運転手になりたいと思ったのかというと、父親がトラック運転手で、大きなトラックを運転する姿がカッコいいから、自分もなりたいのだと書いてあった。
話のすり替え
なんだそりゃ? 俺の父親は建設会社の社員で、それも事務職だったはずだ。
俺はなぜそんな、すぐにバレるような創作をしたんだろう?
そう考えて「大きなトラックを運転する姿がカッコいい」という記述で、昔の記憶がまざまざと甦ってきた。
当時、同級生にすごくかわいい女の子がいた。その日まですっかり忘れていたが、俺の初恋だったかもしれない。そして、その子の父親がトラック運転手だった。
小学3年生にもなれば、そろそろ女の子とは口を利かなくなる。それは異性を意識し始めるからだ。
だが、彼女はたまたま家が近かったので、ときに一緒に下校することもあった。確か、そのときにトラック運転手をしている自分の父親がいかにカッコいいかを聞かされた。
つまり俺は、彼女に好かれるようなカッコいい男になりたくて「トラック運転手になろう」と考えたのだ。しかし、まさか「好きな子のためにトラック運転手になりたい」なんて作文に書くわけにはいかない。それで自分の父親の話にすり替えたのだろう。
その後、その子は転校し、俺もすっかり忘れていた。しかし、そんな甘酸っぱい気持ちが文面から読み取れて、俺はその作文を焼却してしまいたくなった。
初志貫徹したのは偉いと思うけど。