恐ろしく
僕はそこそこ知られた大学を出て、それなりに知られた企業に就職しました。その企業の理念や仕事に興味を抱いたからではなく、そこそこ知られていて給与が良かったからです。両親も賛成してくれましたし、友人らもうらやましがりました。
ただ、そんな理由で選んだ企業、選んだ仕事なので、仕事そのものがおっそろしくつまりませんでした。とは言え、聞くと僕の父も、親戚に勧められるままに就職し、そこで何となく勤め続け、そのうちに仕事のやりがいも感じ始めたということだったので、僕もそのうち、やりがいみたいなものが芽生えると思って勤め続けました。
しかし、仕事は一向に楽しくなりません。楽しくないのでやる気も起きません。やる気がないので、成果も出ません。
最初の2年はそれでも良かったのですが、3年目に異動になって配属された先の上司と全然性分が合わず、だんだん出社するのが苦痛になってきました。
それである日とうとう「具合が悪い」とウソをついて会社を休みました。
ひんやりと
休んだからと言って何をするでもなく、家を出てブラブラ歩きました。我が家は郊外にあるので、家を出てしばらく歩くと小川があり、何となくその土手の小道を歩きました。さらにしばらく歩くと、小道は土手を降りるほうに枝分かれしていたので、何となくそちらに歩いていきました。小道は雑木林の中に伸びていました。
僕は林の中を進み、何となく立ち止まり、目を閉じて深呼吸しました。何か、毎日あくせく働いていたことが夢のように感じられました。季節は夏だったはずですが、木陰の中だからか、霧の中にでもいるような、ひんやりとした涼しさがあったようにも思います。
僕はふとそこで「会社、辞めようかな」と思いつきました。そして、ここで僕は我に返りました。
そう、僕はそれなりに知られた企業の入社1年目の新入社員。「将来へのビジョンを持て」という上司に言われるままに3年後の自分を想像してみて、その妄想にふけっていただけなのです。長い妄想でした。
運が良ければ
ただ、そんな妄想をしたからと言ってそれなりに知られた企業をすぐ辞めてしまったわけではありません。入社してすぐ辞めて「今の若いヤツは根性がない」なんて思われるのも業腹なので、そのままその会社で仕事を続けました。
ところが、その後のことはほぼ妄想した通り。3年目に異動になり、相性の悪い上司と巡り合ったのも妄想のまんま。
そういや父は「人との出会いに恵まれていた」と言っていたっけ。
そんなわけで、僕はすっぱりその会社を辞めました。人との出会いは運次第なので、僕はとりあえず「何をしたいか」を基準に就職先を考えました。会社の知名度も給与も二の次です。
それで選んだのがトラックドライバーの仕事です。
運良く、上司や先輩とも気が合い、職場が楽しく感じられ、仕事にも一所懸命になれて給与も上がっています。
これなら、今後は妄想で散歩道を歩くこともなさそうです。