闇と沈黙
それはトラック運転手の先輩から聞いた話。
その先輩は10歳年上で、話も30年くらい前のできごとだ。
当時、先輩は今とは違う会社で工場へ部品を運ぶ仕事をしていた。真夜中に山の中の峠道を走ることも珍しくなかったそうだ。
それは秋の夜道でのことだ。先輩は例によって荷台には何かの製品の部品を乗せ、峠道を登っていた。夜だし、田舎の山道で他に車はなし、気楽にトラックを飛ばしていたという。
だが、そのうち、視界にうっすらモヤがかかってきた。よく見るとそれは霧で、みるみるうちに濃くなっていって視界も悪くなった。
先輩は万が一、対向車が来たら危ないのでトラックのスピードを落とした。だが、スピードを落とすまでもなく、急にエンジンが止まってしまった。ヘッドライトも消え、あたりは闇と沈黙に閉ざされてしまった。
無反応
トラックの点検は毎日欠かさなかった先輩だ。しかも霧が出るまで、エンジンに異変はなかった。
とにかく先輩は懐中電灯片手に運転席から降り、エンジンを調べてみた。どこにも異常はなさそうだった。
もちろん、ガソリンがなくなってたわけでもない。
30年前のことなので、普及し始めていたとはいえ、先輩はまだ携帯電話も持っていなかった。遠距離の仕事ではなかったこともあって無線も積んでいなかった。
「困った」と肩を落とし、どうすべきか思案にくれていると、霧の中に何か気配を感じた。
何やら人が動き回っている気配だった。先輩は助けてもらおうと思って「すみません! どなたかいらっしゃるのですか?」と声を掛けた。
しかし、その声への反応はなかった。
物騒な気配
それでも人の気配は相変わらずあった。それも1人じゃない様子だった。
そのうち「やめてください」というか細い声がした。男とも女ともつかないくらい、小さくてか細い声だった。
ただ、何か人が争っているように思えたという。
さらに争っているような物音が大きくなり、悲鳴に近い叫び声も聞こえてきた。先輩は怖くなって運転席に戻り、ドアにロックもかけた。
すると「ギャア」という断末魔の叫びのような声が聞こえたのを最後に、あたりには再び静寂が戻った。
静寂が戻ると、霧が晴れていき、視界も戻り、同時にエンジンがかかったという。
ヘッドライトも点いたので、先輩はあたりを見回してみた。何かの事件でも起きたのなら大変だ。
しかし、周囲には誰か人がいた足跡なども全く見当たらなかった。
と、ここまで話し、先輩は「さて、今の話、信じるかい?」といたずらっぽく笑った。