雨降る夜に
タクシーには実に幅広く、いろいろなお客さんが乗ります。長年、タクシードライバーとして仕事をしておりますと、お客さんの異変を感じ取るくらいのことはできます。
その夜も、どしゃ降りの雨の中、傘も持たずにタクシーに乗り込んできたのを、まずおかしいと感じたのです。
そのお客さんは派手なファッションの男性で、雨に降られたからというだけではなく、恐らく汗をたっぷりかいたのか、お顔がテカっていました。年齢は30代後半か40代でしたでしょうか。
後部座席に乗り込むと、伏し目がちに行き先を伝えました。それはある繁華街を指す住所でした。
どしゃ降りは視界も悪くなるので、私はいつにもまして周囲の状況に注意しながらタクシーを運転しました。そのため、あまり後部座席に目をやる余裕はありませんでした。
それでも、ふとお客さんが前方を凝視していることに気付きました。行き先を告げるときは顔を伏せていたのに、今は真正面に顔を向け、目を見開いているようだったのです。
背筋にゾゾゾ
ふと、ルームミラー越しにお客さんの顔を見ると、目をギラギラと輝かせていました。私は、何やら背筋にゾゾゾっとくるものを感じたのでございます。
やがてタクシーは繁華街に到着し、その奥へと分け入っていきました。その慎重な運転は、我ながら秘境を探検する心境でした。
お客さんは急に「止まって」と叫んでタクシーを止め、1秒を惜しむように支払いを済ませてタクシーを降り、誰かを追い掛けるようにして雨の雑踏の中に消えていきました。
さて、ここからは私の想像です。妄想と言ってもいいかもしれません。
あのお客さんが血眼になっていたのは、恐らくナンパ。派手で目立ち、チャラい印象を持たれるファッションに身を包み、遊びたい男女であふれかえる繁華街に目をギラつかせて降り立ったのは、そのためです。
汗をかいていたのは、それほど欲求を抑えられない気持ちでアセッていたのでしょう。雨天なのに傘も持っていなかったのもその証拠です。伏し目がちだったのは、それを悟られたくなかったからもしれません。
タクシーには実に幅広く、いろいろなお客さんが乗りますね。