たかが焼きそば、されど焼きそば
ある夏の夜、俺は峠道でトラックを走らせていた。
俺は子どものころから焼きそばが大好物で、幼稚園児のころはマジで「焼きそばこそ一番のごちそう」と信じてこれっぱかしの疑いも一片の後悔も持ち合わせない、安上がりな子どもだった。
大人になって分厚いステーキや俺のイタリアンやトリュフやフカヒレスープやツバメの巣を食べるようになって「一番のごちそう」ではないかもしれないと薄々感づいたが、やはり好物には違いなかった。
トラックドライバーになった俺が、トラックドライバーになって良かったと思うのは、1人で気ままにできる仕事だし、人間関係のストレスもないし、その割りに思うだけ稼げるってこともあるんだけど、いろいろな地方に行っていろいろな地方の「焼きそばのうまい店」に寄れるからだ。特にご当地グルメは、その土地ならではの味だから楽しさも倍増だぞう!ってオヤジギャグが思わず飛び出すほどの醍醐味。
スピードを出せ!
その夜、俺は特に大好きな上州太田焼きそばを満喫し、上機嫌でトラックを走らせていた。上州太田焼きそばは、濃いめのソースで太麺とキャベツを炒めた、群馬県のご当地焼きそばだ。麺が太いもんだから、これがソースをよく吸ってうめえのなんのって、思い出すだけでも生ツバゴックン。
思わず2人前も食っちまったんで、眠気に襲われないかと思いながらも、俺はエンジンにカツを入れつつ登り道に挑んでいた。
すると、目の前を行く乗用車が俺のトラックのスポットライトに照らされて浮かび上がった。白いセダンで、何かいかにも昭和な、古い車種に見えた。
俺のトラックも登り道じゃそんなにスピードも出ないが、そのセダンも結構なノロノロ運転で、狭い峠道だけに追い越すこともできず、俺は安全運転のためにトラックのスピードを落とした。
しかし、エンジンにカツを入れていただけに、その意気込みがそがれて少しイラっとしたのも事実だった。
死へのドライブ
峠道を進むと、少し道幅が広くなってきた。俺はここぞとばかりにスピードを上げ、セダンを追い越すことにした。
セダンは相変わらずのノロノロ運転だったので、みるみるうちに追いついた。俺はアクセルを目いっぱい踏み込み、セダンを追い越した。追い越すときに運転席を見てみたが、高さが違うのでよく見えなかった。
しかし、追い越されたセダンは急にスピードを上げてきた。後ろからぶつかる勢いだ。まさにあおり運転だ。下手にぶつけられて荷物が崩れたりしたら大変なので、俺は必死に逃げた。
しかし、相手は軽くて足も速い。いつの間にか俺のトラックの横につき、車体をぶつけて道から押し出そうとしてきた。そこは断崖絶壁だ。俺は恐怖にかられ、背中を冷や汗がつたった。
その冷や汗に「冷たい!」と思った瞬間、俺は目覚めた。目の前にガードレールが迫っていた。俺は急ブレーキをかけてトラックを急停止させた。おかげで助かった。どうやら俺は睡魔に負けて運転しながら寝落ちしたようだ。危うくそのまま死ぬとこだった。
しかし、寝落ちした一瞬の間に、あんなに長い夢を見たのだろうか?
後で調べてみたら、荷が少し崩れていたが、幸い損害はなかった。また、その峠道では30年前に白いセダンが事故を起こし、運転手が死んでいたことも分かった。冷たい雨の降る夜だったという。
俺はその事実に改めて恐怖したが、大好物の焼きそばが、委縮した俺の心を癒してくれた。俺は今日もおいしい焼きそばを求めてトラックを走らせる。