どこにでもある怪談かと思いきや
夏になるとよく、タクシーにまつわる怪談を聞く。寂しいところで人を乗せたら、いつの間にかいなくなってた、座席が濡れていた、というものはあまりにもたくさんあって、聞くたびに、ああまた例のパターンね、と思ってしまう。
一昨年の秋、僕が東北地方に取材で行ったとき、取材先からタクシーに乗り、宮城空港に向かう沿岸部の一本道を走ったことがあった。
そのあたりの沿岸部は震災時の津波で何もかも流され、やっと最近瓦礫の撤去も一段落したものの、町の面影はなく、どんよりとした曇り空の下、延々と何もない地平線だけが続く荒涼とした風景が広がっていた。
タクシーの運転手さんは時おり、ここには震災前には住宅街があったとか神社があったとか話してくれたが、そのうち「悲しい震災の幽霊の話があるんですよ」と話し始めた。日ごろ、その手の怪談をあまり信じないので、このときも「作り話をここでするか」と思ったが、それは実際悲しい話だった。
いつもすみませんと高額の運賃を払ってくれた
その話はこうだ。宮城県の被災地の寂しい場所で、1人の女性をタクシーに乗せた。目的地を聞くとずいぶん遠い。かなりの運賃になるので、いいお客さんだと思ったそうだ。
道中も普通に世間話をしながら運転していた。やがて目的の住所の家に着いたので「お客さん着きましたよ」と、後ろを振り向くと誰もいない。えー! 幽霊だったのか、という驚きと同時に、ああ困ったな、こんなに遠くまで来ちゃったという落胆。
仕方がないので、目的のお宅を訪ねると、老夫婦が出てきて「あの子、また帰って来たんですね」という。「幽霊であれなんであれ、ウチにこうして帰って来てくれたことはうれしい。運転手さんもきちんと仕事してくれたのだから」と、ちゃんと規定の料金を支払われたそうだ。
聞けば同じようにしてここまで来たタクシーは何台もあると言う。
僕を空港まで乗せてくれた運転手さんの同僚が、実際に体験したことだそうだ。