ある運転手の昔話
タクシー運転手はあまり上司や同僚と一緒に過ごすことはく、基本的には「1人で気ままな仕事」だ。とは言え、同僚と仲が良くなることもある。
これは、僕が先輩運転手Kさんから聞いた話。
KさんにはMという、かなり仲が良い同僚がいた。東北は寒村の出身だったそうだ。
Mさんは情に厚く、真っ直ぐで純情で、他の同僚からも慕われていた。独身生活が長く、ドライバー仲間の受けはいいが、どういうわけか女性には振られてばかりだった。
僕たちの会社の近くにドライバー行きつけの喫茶店があり、当時もドライバーたちのたまり場になっていた。ここで働き始めたY子さんに、Mさんがひと目惚れしてしまったという。昭和50年代のこと。
このMさんほど、分かりやすい人間はいないそうだ。とにかく純情なので、好きな女性ができると途端に態度に出る。普段は誰彼構わず親しげに話しかける、おおらかな人なのだが、40歳にもなって好きな女性の前ではカチンカチンに固まってしまうという。
男も女も純情だった
もちろんそうした変化は、日ごろからMさんを知るKさんたちだから気づくこと。Y子さんはMさんの気持ちを知ってか知らずか、毎日のように店に通ってくるMさんと親しくなっていった。
けど、それでY子さんをうまく口説いてしまえないのがMさん。日ごろから「Mの相棒」を自認するKさんは、何とか2人の仲をとりもとうとしたんだけど、そこで実は彼女に8年も付き合っている男性がいることを知ってしまった。だが、その相手が近々転勤するというので、遠距離恋愛に自信のないY子さんは悩んでいた。
それを聞いたMさんは「相手に会って自分の気持ちを確かめろ」と言って、Y子さんを自分のタクシーに乗せて相手の男性のところまで送っていった。もちろんY子さんは相手の男性とうまくいき、Mさんはまたもや失恋したそうだ。
ネットもスマホもない時代の話。平成ももうすぐ終わるけど、昭和にはそんなこともあったんだねえ。